空を見上げて・・瑠璃唐草のひとりごと

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立てばシャクナゲ、座ればツツジ、歩く姿はオオデマリ・・あれ?



アジサイで有名な宇治の三室戸寺、5月16日の朝刊を開いたダンナがそこに載せられたツツジに埋まる境内の写真を見て行ってみようと出かけました。
新聞に載ったらきっと人が多いよ・・ってことで朝早く出て、山門が開く8時半前に到着。
山門が開いて、お寺の本堂に向かって歩き出す斜面の右手、木立の間から麻霞にけぶるツツジの群落が目に飛び込んできます。

mimurotoji2.jpg

うわ、これは・・すごい☆
アジサイの季節にしか訪れたことがなかったのでツツジが植えられていることを知ってはいましたが、花の時期は初めて。色彩鮮やかに咲く豪華なつつじの群落にため息です。

そうこうしながら歩を進めると、やがて本堂へ至る階段が見えて来、その前に一もとのシャクナゲが植わっていました。
白と淡いピンクとピンクと・・同系色の濃淡がとても美しい。

mimurotoji1.jpg

本堂の前にはハスの鉢がたくさん並べられて、もうすぐハスの季節、このハスの花が咲いたら、ここはまるでハスの花の中に極楽浄土が出現するのでしょうか・・

mimurotoji3.jpg

盛りを少し過ぎたオオデマリの花が散り始めていました。
花の下には散り敷いた真っ白な花びら・・まるで雪のようでとてもきれい。

mimurotoji5.jpg

斜面は一面のツツジツツジツツジ・・
その向こうに本堂の屋根が小さく浮かび上がっています。

mimurotoji10.jpg

mimurotoji8.jpg



  1. 2009/05/26(火) 11:41:53|
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早春のころ・・


しばらくご無沙汰のこの日記、また書いてみることにしよう・・

早春の野にさく青い小さな花・・私にとって春の花といえば、まずオオイヌノフグリ。
この小さなかわいそうな名前の花の別名を教えてもらった・・それは瑠璃唐草。
なんてぴったりな☆と思ったら、それを使いたくなった(^^

ということで、まろん改め瑠璃唐草。
タイトルの『「でかまろん」な日々』、改名します。

早春の野で、寒い風に吹かれて、暖かい日を浴びながら空を見上げて咲いてる瑠璃唐草のように、空を見上げて暖かい春の訪れを待ちましょう♪







  1. 2009/03/10(火) 09:42:27|
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「平城宮跡へのまなざし」

棚田嘉十郎という人がいて、奈良ではプチ著名人(知ってる人は知ってる)なのだが・・
数ヶ月前に私は図書館の郷土資料の棚で、前から気になっていたその人のことを題材にした小説を見つけた。
それまで彼に関して私の知っていたことというと・・平城宮跡保存運動の先駆者・・ということだけ。
本を読みつつ、今あそこにだだっ広い草原のように広がる平城宮跡が彼の人生をかけた苦難の上にあることを知った。

彼の死後、平城宮跡が国の法律の下、史跡となり、保存記念碑が建てられた・・その石碑を見に平城宮跡へ出かけたのが、この4月。

hozonhi


先月、平城宮跡を散歩中に偶然、こんなところに・・と朱雀門の南で見つけた棚田嘉十郎の顕彰碑。
(この銅像は、第二次大極殿跡を指差している)

kensyohi


先日、奈良へ出かけたのは、奈良学セミナー第一回「平城宮跡へのまなざしー棚田嘉十郎が残したもの」の講演を聴くためだった。
講演のぎごちなさから、講演者は多分大学院の研究生さんなのだろう・・と思われたが、レジュメの資料を基に話をしてくださったので、小説で読んだことを思い出しながら聴いていた。
小説には資料を基にした部分とそれに肉付けされた想像、創造の部分が含まれる。
講演を聴くと、その資料にされたものはこんな文献なんだな・・ということもわかる。
棚田嘉十郎の手紙が画面にUPされる、筆跡は二種類。
しっかりと文章も文字も整った候文と、ひらがなの多い、文章のつながりもわかりにくいたどたどしい筆跡のものと・・さてどちらが本人のものでしょう?と講師の先生が尋ねる。
実はしっかりかかれた方は妻いゑの書いたもので、たどたどしい方が嘉十郎のもの。
でもその百通近く残されているという手紙には真摯な気持ちを読み取ることができる。

棚田嘉十郎は、平城宮跡保存のための土地買収に関し、自刃して果て・・その一年後の史跡指定、記念碑建立を見ることはなかった。

彼は一生と財産を投げ出して、平城宮跡を保存しようと東奔西走したのだが、その彼がいなかったら・・だだっ広い原っぱは今頃どうなっていたのだろう・・きっと住宅が立ち並んで今のこの風景を見ることはなかったのではないだろうか・・
そう思って、小説を読んだ私は、平城宮跡へ保存記念碑を見に出かけたのだったが・・

この日の講師の先生も同じことをおっしゃていた。
彼がいなかったら、平城宮跡には多分今頃住宅地になっていただろうと。
大学生になって初めて電車で奈良へやってきた先生、十代の先生はそのとき初めて平城宮跡を見て、なんて大きな草っぱら・・と思ったと話されていた。
確かに草っぱら☆・・でも、大事な草っぱら☆
あの下に埋もれているものは、今の状態では保存されているが、たとえばこの近くにトンネルでも掘って、地下の水の状態が変わってしまったら、木簡などはたちまちダメになってしまうのだそうだ。

子供が小さいときは、おべんと持ってボール遊びに(奈良公園と違って、ここの芝生はシート広げておべんと食べられる♪)、お正月は凧揚げに(なんてったって、ここは電線がないもんね♪)大宮人が威儀を正して集まった場所で、子供たちは大きくなった。
昔は何も思わず子供と遊んだこの場所、これからここへ来るたびに頭の片隅に棚田嘉十郎と「大黒田芝」と書かれた地図を思い浮かべそう・・


  1. 2008/06/19(木) 06:28:38|
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文具知識能力検定

数ヶ月前のことになりますが・・
ネットで文具検定と言うのを見つけました。
その時は、文具検定を行う予定で、今は模擬テストをやっています・・という内容だったので、模擬テストをやってみました。
10問で8問以上正解で合格ということで、結果は8問正解で模擬テストギリギリセーフ(^^;

そして、一ヶ月半ほど前、そのサイトを覗いたら,web本試験を4月19日実施ということで申し込みをしておきました。
で、本番の昨日19日。
17時〜20時にログインの上、試験実施。

問題は50問で四択、時間は30分。
これは知ってるって問題が半分ほど。二つに絞られるけど、どっちかなぁ〜ってのが残りの三分の一、後はぜんぜんわかりません・・カンに頼りました・・って感じで(^^;

web試験のいいところは、すぐに結果がでるところで・・終了をクリックするとポンと出てきた文字は・・「合格」

すぐにメールで結果も送られてきました。

「○○ 様

文具知識能力検定第1回 Web本試験での
あなたの試験結果は合格です。
正解率86%でした。

合格、おめでとうございます。
お疲れ様でした。」

ってことは、43問合ってたってことなのね・・

間違えたけど、気になって後で調べた問題に・・
「文房四宝とは、硯。墨、筆ともう一つは何か?」という問題があって・・
文箱、紙、文鎮、ともう一つ・・の中から選ぶのだけれど、さて何だろう?と考えて、私の頭の中に浮かんだのは、全部入っている豪華な細工の文箱(よく美術館などで見る)だったのだけれど・・(^^;


しかし、これ、合格証書が欲しかったら、3150円で発行しますよと書いてあったけど、今のところ自己満足以外の何者でもないこの試験の合格証書をほしいという人がいるのだろうか・・

でも、面白かった☆

http://219.166.129.76/index.html




  1. 2008/04/21(月) 21:10:43|
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お水取りに行った・・

お水取り1


omizutori4.jpg

大切な行事がお寺には年にいくつかあって、その1つが修二会。
薬師寺の花会式が薬師寺の修二会で、東大寺の修二会がお水取り。
周囲のお祭り騒ぎとは隔たった世界で、厳かに行事は行われているはずだが・・

20年前には垣間見られた(感じられた)その厳かな行事の気配を昨夜はまったく感じることができなかった。


思いついて、二月堂に寄るわ・・といった私に一緒にいた友人は、遅くない?と言った。
時間は5時半前。
平日だし何とかなるんじゃない・・と言うと、最近は平日も観光ツアーが多いからと言う。。

別れて二月堂に着いたのは6時前で、確かに境内下は相当の人波に埋まっていた。
4月堂に程近い場所に立って始まりを待つ。
確かに、バスツアーのバッジがいろいろ・・この言葉のアクセントはどこの地方のものなんだろう・・

前日の夕刊に載っていた『ホタル』の記事。
以前にはなかった光景が今は広がるという。
7時、境内を照らし出していた照明が消されると・・舞台下からぎっしりと境内を埋めた人込みの中、青い光がいっせいに浮かび上がった。

まるでホタルのようなそれはお水取りの松明を撮ろうと観光客がいっせいに向ける携帯カメラの光。
なるほど、言い得て妙・・確かにホタルのようだ(^^;

すぐそばの若い女の子の話し声が耳に入る。
「この行事ってなんて言うんだったっけ?」
「お水取り」
「お水どこでいつ取るの」
「・・・」



うんと離れていたところで見ていたせいか、すごぉ〜いという迫力はなかったが、それでも闇の中に撒き散らされる火花はあたりの穢れを浄化するようなそんな神秘的なものを感じさせてくれた。

近鉄電車で60代後半と思われるお父様と来ていらしたお兄ちゃま・・
お水取りの火で二月堂が燃えて、一時三月堂でお水取りが行われたというお話、そばで聞かせていただきました。
へぇ〜、二月堂が燃えた話は知っていましたが、その間、三月堂で修二会が行われたと言うのは初めて聞きました、調べてみよう♪始まって以来、一度も途切れることなく続いてきたと言うのにはそんな裏話もあるんですね。

そこまではよく知っていらっしゃるなぁ〜と感心しながら聞いていたのですが・・
お父様に三月堂はどこにあるんだろう?と言われて、あっちの方だろ・・と左手を指差すのはちょっと(^^;です。
だって、あなたの目の前右手のこの建物が通称三月堂と呼ばれている法華堂そのものですから(*^-^*)・・と言いたかったがおせっかいは止めておいた。

しかし、場所よくなかったね・・
良弁杉で左手角が隠れて見えなかった。

  1. 2008/03/13(木) 23:03:44|
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